2018/01/26

【脳内対談】老国 第三回

【日本の選択】


ーーー皆さん、こんばんは。『左脳の脳内対談』のお時間です。シリーズ『老国』も今回で最終回となります。どうぞ最後までお付き合いください。
 さて、第二回から時間も経っていますので、前回のおさらいから始めたいと思いますが、『シルバー民主主義』とはそもそも何なのでしょうか?

右脳: 『シルバー民主主義』とは単純に民主主義の高齢化ですが、その根っこは近代国家の発展にまで深く関わっています。第一回で触れたように、近代国家の発展はその多くの部分を人口の増加によっています。しかし、統計的に見ても豊かになれば出生率は低下する傾向があります。少子高齢化が進めば人口バランスは高齢者に傾き、選挙結果に与える高齢者層の影響力が増加します。その結果、政治家が高齢者重視・若年層軽視となり、少子高齢化の加速・若年層の労働生産性の低下による更なる財政の悪化、という悪循環を引き起こす。これが『シルバー民主主義』の本質的な問題点です。

ーーーどうすれば『シルバー民主主義』の構造を変えられるでしょうか?

 原因が人口バランスの変化とこの国の選挙制度にある以上、その制度を変えるしかないでしょう。制度を変えて、選挙における高齢者層の影響力を弱め、若年層の影響力を強めることです。

ーーーそれにはどんな方法があるでしょうか?

 色々な案が考えられます。
 まず一つは、投票者の年齢に上限を設ける方法です。例えば、「年金受給年齢に達したら投票権を失う」などといった『選挙権の制限』です。選挙結果の影響を受けるのは高齢者より若い世代なので、ある程度まで年齢がいったら将来の事は若い世代に任せてもらいましょう、という考え方です。

ーーーしかし、その案を実現するのは難しいように思いますが。

 確かに現状では大多数の賛同を得ることは難しいでしょう。「民主主義の大原則に反している」という批判は避けられないし、何より当の高齢者たちが猛反対するでしょう。そして、前述した理由によって、高齢者が反対する政策は現状では実現できません。

ーーー似たような所で、各世代ごとに当選者数を割り振り、投票率に関わらず各世代から一定数の代表が選出されるようにする、という案もあるようですが?

 その方法は言うなれば、意図的に『一票の格差』を作り出すものです。現在でさえ一票の格差が問題視されており、最高裁もこれを「違憲状態」と判断していますから、その案も同様に違憲となるでしょう。

ーーー他の案はどうでしょう?

 二つ目の案は、例えば選挙権を自動車と同じように免許制にして、政治や経済の知識が一定以上の水準の達した者だけに投票権を与える、といった方法です。国の置かれた状況をある程度正しく理解出来ていれば、この国がこれからどんな政策を取るべきか論理的に判断でき、それに基づいて投票を行うと期待できます。少なくとも現在の「政策の中身」より「候補者の知名度」が得票率に影響を与えるような状況は改善されるでしょう。

ーーーしかし、それも民主主義の原則に反しているのではありませんか?

 『選挙権の年齢制限=反民主主義』ではありません。例えば、昔の選挙権年齢は25歳以上でした。女性には参政権そのものが認められてなかった。現在でも18歳未満には選挙権は与えられていません。つまり、選挙権の年齢制限は常に存在するのです。それは日本以外でも同様です。
 選挙権が与えられない最大の理由は、「知識や判断力が十分備わっていない」と見なされるからです。これが民主主義の原則に反していないのなら、各個人の知識や判断力をテストで実際に測定し、その結果に応じて選挙権の有無を決める事もまた民主主義の原則に反しない、と言えるでしょう。むしろ、年齢などと言う曖昧な基準で大雑把に見積もるより、よほど合理的だと思います。

ーーー「投票は納税者の権利」という考え方があります。同じ日本人として真面目に働いて税金を納めているのに選挙権を与えられない、というのは不公平ではありませんか?

 その理屈ですと、納税している外国人労働者にも選挙権を与えなければならなくなりますね。また、納税していない生活保護受給者や失業者・無就業者などからは逆に選挙権を剥奪しなければならなくなる。しかし、現在の制度はそうなっていないし、今後もそうなる事はないでしょう。つまり、「納税=選挙権」ではない、という事です。

ーーーちなみに、選挙権の試験をやるとするなら、どんな内容になるのでしょうか?

 問題は可能な限り客観的で公平中立でなければなりません。様々な主義や思想、有識者の見解などには一切触れず、様々な統計や近代史、現在の社会情勢などをどれくらい正確に把握しているかを問うもので良いでしょう。

ーーーどの辺りに合格ラインを設定するかにもよりますが、いずれにしてもかなりの有権者が選挙権を失う事になるでしょうね。当然、選挙権を失った人たちはこの制度を批判するでしょう。仮に有権者数が半分になってとして、果たして制度を維持できるでしょうか?

 短期的に見れば、とても難しいと言わざるを得ないでしょう。しかし、理想の民主主義へ近付くためには、地道に少しづつ国民全体の政治的判断力を養っていかなければなりません。

ーーー『理想の民主主義』ですか。 それはどういったものなのでしょう?

 民主主義とは一言で言えば『多数決』ですが、多数派の意見が常に最も合理的であるとは限りません。現に『シルバー民主主義』も多数派の高齢者が利己的な基準で投票している事によるものです。多数決の結果が最も合理的な選択となるためには、国民の過半数が「中立で合理的な判断ができる人間」でなければなりません。
 理論的に言って、理想の民主主義は「有権者全てが政治家と同等の視野を持った状態」になって初めて実現します。しかし、知識や判断力が後天的に獲得されるものである以上、全ての個人に国家の指導者と同等の認識を持たせる事は、現実的には不可能です。そこで代替手段として、試験によってその水準に達している人間を選別し、彼らにのみ選挙権を与えます。それと同時に、前回お話ししたような教育改革に合わせて、より実践的な政治経済の授業を取り入れ、子供たちに議論をする機会を多く持たせる事で次世代の有権者を育てていく。時間はかかるでしょうが、これが実現すれば徐々に民主主義制度そのものが本来の完成形へ近付いていく事が期待できます。

ーーーなるほど。大多数の有権者が政治家と同じ視点でものを考えられなければ、民主主義制度は正しく機能しないという事ですね。ただ、理論的にはそうかもしれませんが、果たしてそれは現実的に実現できるのでしょうか?
 例えば昨今、欧州ではブレグジットや極右政党の台頭、アメリカではトランプ政権の誕生、といったように、いわゆる『反知性主義』と呼ばれる流れが世界中で起きています。悪化する現状への怒りから理性的な判断を放棄し、自己中心的な感情論に身を委ねる人々が「文明的な先進国」とされる国々においてすら増加しています。そんな現状を鑑みると、この制度によって「あなたは無知なので投票できません」と言われた人々が素直に納得するとは考えにくい。そんな状態では民主主義制度の完成どころか、致命的な社会の分断を引き起こす可能性の方が高いのではないでしょうか?

 そうですね。この制度が維持される最低条件は、試験に落ちて選挙権を失った人々がその不利益を「受け入れる」事です。総人口が少なく、極めて裕福で、平均的な知的水準が高い小国でなら実験的に可能かもしれませんが、それ以外で上記の条件を満たせるほど成熟した社会は現状、見当たりません。つまり、今の人類にはまだ時期尚早な制度、という事でしょう。
 さらに付け加えるならば、知識を問う試験ではどうしても長く生きてる人の方が有利になりますから、『シルバー民主主義』の状態がさらに悪化する可能性が高い。

ーーーそれでは本末転倒ですね。理想の民主主義の実現が現時点で不可能ならば、我々は不完全な制度で我慢するしかないのでしょうか?

 私の意見では、私たちは『民主主義』についての根本的な認識を改める必要がある、と思います。すなわち、民主主義制度の目的は「最も賢明な選択をする事」ではなく、大多数の同意を優先させ「社会の枠組みを維持する事」にある、という事です。

ーーー民主主義制度とは正しい選択を導き出す方法ではない、という事ですか?

 何をもって「正しい」とするかにもよります。例えば、最も合理的な選択をしたとしても、それに人々が反発して社会が分断してしまったのでは、結果として「正しかった」とは言えない。一部の人間が考える最善策を選択する事によって社会が分断するリスクを取るより、最善ではなくても調和した社会を維持する方が全体の利益になる、という判断が世界中の民主主義制度の根底にはあるのではないでしょうか。民主主義を盲信すべきでは無いと思いますが、長期的な視点では民主主義が最も柔軟で安定した制度である事は事実だと思います。

ーーーそうなると、どういった民主主義制度が今の日本には必要なのでしょうか?

 賢い人々による理想の民主主義はスッパリとあきらめ、民主主義をそれぞれの個人的な価値観や損得勘定の総体として認識した上で、徹底して多数決の原理を実践するべきだと考えます。

ーーー具体的にはどういったものでしょう?

 有権者の年齢制限を完全になくします。

ーーー18歳未満にも選挙権を与えるということですか?

 はい、幼児や赤ん坊を含む日本国籍を持つ全ての人間に選挙権を与えるんです。もちろん子供に投票は出来ませんから、18歳までは親や扶養者が代わりに投票します。子供が多ければそれだけ親の票が多くなるので、子供や若い世代のための政策がとられ易くなります。これこそ本当の『国民の総意』ではないでしょうか。

ーーー「責任能力が無い子供に選挙権を与えるべきでは無い」という反発も予想されますが?

 その理屈だと、知的障害者や精神疾患の診断が出ている人々などからも選挙権を剥奪しなければならなくなります。しかし、現状そうはなっていません。
 そもそも選挙から政策の決定・施行を経て、それが国民生活に影響を及ぼし始めるには、最低でも数年以上の時間がかかります。つまり、実際に選挙結果の影響をより多く受けるのは、10年後20年後に亡くなっている高齢者ではなく、その頃まさに現役世代として日本を牽引している現在の子供たちなのです。責任能力が無いどころか、これ以上無いくらいの責任を負う事になるのです。

ーーー親に子供の分の票を与えるのは「一人一票の原則」に反するのではないですか?

 一見するとそう見えるかもしれませんが、実際は全く反していません。むしろ、現行の制度より「一人一票の原則」に忠実だと言えます。なぜなら、子供にも大人と同等の基本的人権が認められているからです。子供も一人の人間と見なしておきながら、選挙権だけ認めないのは論理的ではありません。

ーーー親が子供の利益ではなく、自分の利益のために投票するかも知れませんが?

 親の利益は直接的・間接的に子供の利益になりますから、何も問題は無いでしょう。

ーーーこの制度が実現したら政治はどう変わるでしょうか?

 高齢者と若い世代のパワーバランスが逆転するか、少なくとも均衡するようになるでしょう。その結果、子供を持つ親の世代の意見を政治が軽視できなくなる。それはそのまま少子化対策に結びつき、また同時に若い世代の労働・雇用環境の改善にもつながるでしょう。

ーーー高齢者の暮らしはどうなるでしょうか?

 現在より厳しくなる事は避けられません。社会保障費などが削られることで、高額な医療は富裕層しか受けられなくなるでしょう。他にも生活の様々な面で高齢者への優遇措置が縮小したり無くなったりするでしょう。

ーーーうがった見方をすると、「年寄りはさっさと死ね」と言っているようにも聞こえますね。

 そうではありません。単に「年をとったら死ぬ」という自然の摂理を受け入れましょう、と言っているだけです。九十歳まで生きた老人がさらに数年長生きするためにウン千万円もの医療費を国が肩代わりするような制度は、もはや狂っているとしか言い様がありません。無限の財源でもあるなら話は別ですが、財政を圧迫しているような状況では尚更です。医療技術の進歩によって平均寿命が飛躍的に伸びた事と、高度経済成長期の万能感によって、今の高齢者はそんな「当たり前」を忘れてしまったのでは無いでしょうか。今後も平均寿命は伸びると予想されていますが、かと言って不老不死になるわけではありませんから、どこかで線引きはしなければなりません。

ーーー今調べた所、この制度は「ドメイン投票方式」と呼ばれているようですね。また、現在この方式を採用している国は無い、とも書かれています。

 そのようですね。同じく少子高齢化問題を抱える他の先進諸国では若い世代の投票率が日本ほど低くないからかも知れませんし、少子高齢化が日本ほど急速では無いからかも知れません。或いは、既存の制度で充分軌道修正できるのかも知れませんし、移民受け入れによって解決する目算なのかも知れません。
 しかし、日本の状況は全く異なります。高齢化はさらに加速し、『シルバー民主主義』の状態が続くでしょう。若い世代の投票率が劇的に上昇する可能性も低く、大規模な移民受け入れも難しい。そんな日本が取り得る選択肢はそう多くありません。この投票方式はその中で最も効果が期待できるものだと思います。これにマイナンバーによるオンライン投票を組み合わせれば、さらに効果的でしょう。

 実際問題、今の日本には高齢者と子供の両方を生かせるだけの力はありません。年寄りが身を引かなければ国そのものが死ぬ段階にすでに来ています。70年も80年も生きてきた人間が孫の未来を犠牲にしてもう数年、無理に生き長らえたいのでしょうか? 日本人ならば潔く美しい散り様を見せてほしいものです。

ーーーさて、三回にわたって続けてまいりました脳内対談、いかがでしたでしょうか? ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。それでは皆さん、またの機会にお会いいたしましょう。

おわり

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