2012/07/14

Nepal-091: 女子の現実

サビナからポカラ大学の入試に失敗したと知らされた。
それ自体は全く驚きではなかった――――というか、むしろ納得だった――――が、いずれにせよ、これでまた話が振り出しに戻ってしまった。
サビナはと言えば、厳しい現実を突きつけられ途方に暮れている様子だったが、それでも全く緊張感が感じられないのは彼女の持ち味だろう。
とりあえずこれからどうしたいのか、彼女本人の希望を聞いてみた。

ポカラ大学はダメだったものの、それでも彼女が進学を希望する事には変わりないようだ。
それとはまた別に、寮長をやりたいという気持ちもあるという。
こちらとしても、他の候補はまだ見つかっていないし、私の滞在期限も少しづつ近付いてきているので、とりあえずはこれまで通り、サビナに寮長をやってもらう方向で道を探ってみる事にした。

そもそも進学できないとなれば、彼女の人生は一気に詰んでしまう可能性が高い。
というのも、ネパールは日本のように簡単にバイトが見つかる国では無いので、現状、サビナのできる事は家の畑仕事ぐらいしか残ってない。
そして、そんな女子が家にいた場合、親はすぐに結婚相手を見つけて嫁がせてしまうのである。
サビナはまだ18歳だが、村の人間の感覚ではすでに適齢期なのだ。(ちなみに、最初の年に私が教えた5年生の女子の一人は、16歳ですでに結婚している)
彼女の寮長をやりたいという動機には、そんなネパールの慣習も関係しているようだ。

さて、そうは言っても、寮長の仕事など朝夕の子供の世話とちょっとした雑用だけであって、専業でやるようなものでもない。
それに世話と言っても、ビルもシュレンドラも自分の事はほとんど自分で出来る子たちだ。
だから、もしサビナが寮長をやるならば、彼女自身もポカラ市内の学校に通うべきだろう。
聞く所によると、同じポカラ大学のコースが受けられる私立大学が市内に幾つかあるという。
もちろん彼女自身に私大の学費など払えるワケが無いので、寮長をやる代わりに学費を援助してやるというのはどうだろう。
電卓を取り出してピッポッパと計算すると、ビルとシュレンドラをこのままKH学園の寮に置いておいた場合と、ホステルを作ってサビナの学費を払った場合とでは、金額的にはあまり違いが無かった。
まぁ、当初の思惑とは異なるが、同じコストでプラス一人援助できると考えれば悪くない。

だが、私大だからといって、そうすんなり入学できるものでも無い。
各コースには定員が決められているので、入学試験で合格ラインに達した者しか入学はできないのだ。
しかし、サビナの学力はハッキリ言って赤点ギリギリである。
はたして、こんな学力で合格できるのか。
よしんば入学できたとしても、大学レベルの講義にどれだけついて行けるだろうか。
その辺りに大きな疑問を感じた私はサビナに、一年浪人して予備校的なものに通い、レベルアップしてから来年改めて受験したらどうかと聞いてみた。
ビルとシュレンドラ、それにススミタとキーランのように公立から私立に編入した生徒は皆、一年間同じクラスをやり直している。
ネパール語が主体の公立校方式から、英語主体の私立校方式に馴染むには、それくらいの移行期間が必要なのである。

だが、これには思わぬ所からの反発があった。
サビナ自身はそうでもないが、彼女の母親や叔父がその一年を「時間的ロス」だと言って猛反対したのだ。
長い目で見れば、一年の遅れなど些細な事でしか無く、それよりも優秀な成績で卒業する方がはるかに大きな意味を持つ。
しかし、サビナの親族はそんな将来の可能性より、目の前の一年の遅れを重大視しているのだ。
そして、この『一年の遅れ』がつまるところ、『結婚の遅れ』を意味しているのは言うまでも無い。
このように、教養の低い村の人間たちにとって、女子の教育よりも早く嫁がせる事の方がより重要なのである。
いずれにせよ、親族が反対している以上は、サビナに私大で頑張ってもらうしか無い。
それに考えてみれば、そもそも私は彼女を奨学生として援助する訳では無いのだから、そこまで彼女の成績にこだわる必要は無いとも言える。

というわけで、サビナを――――多少不本意ではあるが――――私大に入学させる方向で話が進む事になった。
だがこれもまた、なかなかすんなりとは行ってくれないのだった。

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